4.国家の資本主義

あらゆる衰退期において、システムの矛盾激化に直面し、社会集団の統合と支配階級の関係保護を保障する国家は、社会生活全体をその構造内に取り込むまで、自らを強化することを目指す。帝国行政及び絶対君主制の肥大は、ローマ奴隷制度擁護社会及び封建制度社会の衰退における、この現象の表明であった。

資本主義衰退期において、国家の資本主義に向かう一般的傾向は、社会生活の最も支配的特徴の一つである。この時期、各国家資本は、強力な発展への基盤を全て奪い取られ、苛酷な帝国主義的競争を余儀なくされる。各国家資本は、対外的には軍事的・経済的ライバルに対向する為、対内的には増大する社会矛盾の激化に直面する為に、できるだけ効果的な方法で自らを組織化することを強いられる。この事態に課された任務の実現を可能にする、社会に存在する唯一の権力が、国家である。

事実、国家のみが以下の事項を可能とする:

  • 世界市場内の競争相手全体に対抗出来る能力を強化する為に、国家経済の責任を総合的・中央集権的方法で引き受け、国家経済を衰弱させる内部競争を軽減させる。
  • 国際的敵対関係の激化に直面した国家利益を防衛するため、必要な軍事力の整備を行なう。
  • 最後に、とりわけ重圧を増し続ける抑圧力及び官僚体制のおかげで、経済的基礎のますますの分解によって崩壊の危機に瀕している社会の内部統一をいっそう堅固なものとする。絶えず付きまとう暴力的重圧によって、人間関係を自発的に規定するのにますます不適格な社会構造、しかも社会の生存自体の観念からは現在までよりもはるかにその受け入れが困難にならんことが必至である故に、次第に不合理なものとなっていく社会構造の維持を強制する。

経済的観点からは、未だかつて完全には達成されていない国家の資本主義への傾向は、生産装置の全ての梃が、国家の手に譲り渡されることによって表される。それは、資本主義的経済の基本的特徴である価値法則、競争、生産の無政府性の消失を意味しているのではない。市場の法則が、各国の国家経済内の生産条件を、例えその国家経済が国家管理であろうと、支配・決定し続けている場において、それら諸特徴は世界的規模で適用され続けている。この枠組内で、もし価値・競争法則が「違反」されているように見られるとすれば、それは他でもなくそれらの法則をよりよく適用させることが目的だからである。生産の無政府性が、もし国家管理経済計画に対し逆流しているように見えるとすれば、それはとりわけ国家の資本主義が予測不可能な体制の重大危機事態に面した際、世界的規模においてその分ますます強烈に再出現する。従って、資本主義の「合理化」の構築からは程遠く、その国家管理は、自らの腐敗の表明の他ならない。

この国家管理は、漸進的方法或いは急進的方法によって行なわれる。前者は、「私有」資本と国家資本との融合によって行なわれ、とりわけ最発展諸国でのケースがこれに該当する。後者は、全体的・大量の国有化という形態への唐突な跳躍によって行なわれ、私有資本が最も弱い国々でのケースがこれに該当する。

実際に、国家の資本主義への傾向が世界各国で見られる一方、その衰退の効果が絶大なる暴力と共に表面化する時と場において、その傾向はさらに明白な事実と共に加速し、爆発することになる:その時と場とは即ち、歴史的には明らかな経済恐慌時や戦争時、地理的には経済最弱地域を指す。しかながら、国家の資本主義は後進国諸国においてにのみ特有の現象ではない。その逆に、後進国での資本主義における国家管理形式のレベルがしばしばより高度なものであるのに関らず、国家による経済生活の真の掌握は、一般に最発展諸国において更に効果的である。それは、それら最発展諸国を支配する資本の集中レベルが更に高いことから生じる為である。

政治的・社会的観点からは、国家の資本主義への傾向は、ファシズムやスターリン主義といった全体主義の最も極端な形態、或いは民主主義的仮面を被った形態の下、国家装置、及び何より行政部が、社会生活のあらゆる側面に対し、ますます強力で偏在的・徹底的な管理を行使するという事実によって表されている。ローマ期や封建制度の衰退期のスケールををはるかに上回るスケールにおいて、資本主義衰退の国家は、このような巨大な機械となった。冷酷無人なこの機械は、市民社会の本質自体を消耗し尽くすことによって止まったのである。