資本主義の衰退は、あらゆる道徳価値の崩壊とあらゆる人間関係における極度の堕落を強化させた。

しかしながら、プロレタリア革命が生活のあらゆる領域において新たな関係を発生させることが真実である一方、人種差別や女性の立場、公害やセクシュアリティー及びその他日常生活の諸側面という細分化された諸問題に関する特定の闘争を組織することによって、プロレタリア革命に貢献することができると信じることは誤りである。

体制の経済的基礎に対する闘争は、資本主義社会の上部構造の諸側面に対する闘争をその内に含んでいるが、その逆は非である。

「細分化」された諸闘争は、その内容自体からして、労働者階級にとって必要な自主独立を強化するには程遠く、それとは逆に、歴史を前にしては全く無力な特定或いは無脊椎のカテゴリー(人種、性別、若者等)の混乱の中に陥れ、労働者階級の自主独立を希薄にすることに向かう。

諸政府及びブルジョワ諸政党が、それら「細分化」された闘争を懐柔し、社会秩序維持において効果的に利用することを学んだのは、その為なのである。