第二次大戦後、「民主主義」はその犯罪を永続させる

戦後、勝利者達は、徳と自由、国民の権利と人権の旗を四方八方で翻し、ナチスの野蛮さ反対を叫んでいたにも関らず、その非難の対象であったナチスと同じ方法を敢えて使用することについては、一瞬たりとも躊躇しなかった。例えば、民間人に対する大規模の国家間報復は、ニュルンベルグの被告人の独占ではなく、「自由な世界」の灯台・アメリカ合衆国や、「人権の祖国」・フランスといった異なる様々の「民主主義」諸国によって導かれた、植民地戦争及び新植民地戦争のごく日常なのである。このようにして、ヒットラーの率いるドイツが降伏する1945年5月8日、「キリスト教民主党」、「社会党」、「共産党」が占めるフランス政府は、市民の一部がこの政府の「国家解放」の演説を文字通りに受け取っていた、アルジェリアの都市・セティフとコンスタンチンにおいて、爆弾投下による2万人以上もの死者を出す。そして更に2年後、同政府はその搾取をマダガスカールにて一新、今度は8万人の死者を出すに至るのである。

ゲシュタポによって用いられた拷問、又は現在非難されているアルゼンチンやチリの「(要人付きの武装)ボディーガード」達の失踪に関して言えば、同フランス当局がインドシナやアルジェリアにおいて数年間に渡り実施したものであり、その為余りにうんざりさせられた多数の警官や軍人が辞職したほどであった。同様に、ヴェトナムにいてアメリカ国軍が荒れ狂わせた嘔吐感を催すような数々の殺戮は、今だ記憶に新しい:ナパーム弾によって焼かれた村々、ヘリコプターで一斉射撃される農民達、女・子供・老人を含むマイ・ライ(ソンミ)の村における全住民の虐殺、これが「民主主義」のチャンピオンの立派な武勲である。結局のところ、民主主義はその他のブルジョワジー政府と根底において異なる点はない。民主主義は、被搾取者を抑圧し、住民を虐殺し、反対する者を拷問にかけ、その統治下の人々に嘘をつくことに関しては、それら他のブルジョワジー政府を羨むところは何ら無い。それどころか、公然たる独裁体制よりも自らが優れていることを民主主義が示すのは、まさにそれらの場においてなのである。もしファシズムやスターリニズムといった公然たる独裁体制が、支配する為に徹底した方法で虚偽を用いたとすれば、民主主義は更にその上を行く:民主主義は、それらの体制と全く同じ諸犯罪を犯し、大規模で彼らのように嘘をつきながら、その上に、美徳や人権、真実と言った大義に身を纏いひけらかし、自らの「批判」のスペクタクルを、「責任者」、即ち彼ら自身の擁護者の手によって見事に企画・開催することによって、あたかもその逆のことを行なっているかのよう振舞うのである。民主主義は、ブルジョワジーの完璧で流血好きな独裁者から、被搾取者の目を覆い隠すいちじくの葉以外の何物でもない。

労働者にとって、民主主義が大いなる危険であるのはこの為である。今日、労働者が、「共産主義に対する民主主義の勝利」を主張するキャンペーンによってかつがれることを拒否しなければならない理由はここにある。労働者が、この勝利が告示せんとする「世界新秩序」に関する欺瞞によって罠にかけられることを拒否しなければならないのも、同様である。