「民主主義」は、ブルジョワジーの流血好きな独裁者の偽善的仮面である

いかなる時も、革命家は資本主義社会における「民主主義」の嘘を告発してきた。公式には権力が「国民」即ちあらゆる市民に属するものであるとするこの政府の形は、ブルジョワジーの、彼らが搾取する階級上への、共有されることの無い権力の道具に過ぎなかった。 

その始まりより、ブルジョワ的民主主義は、その汚い仕事において比類なく卓然としていた。その他あらゆる民主主義者にとってまさに模範であるとして紹介されたワシントンやジェファーソン連中によるアメリカの偉大なる民主主義者は、1864年に至るまで奴隷制度を維持させた。その廃止に踏切ったのは、労働者の搾取の方がが奴隷の搾取よりも利益をもたらしたからである。奴隷制度の永続を望んだアメリカ南部の州を支持した英国は、もう一つの民主主義国の模範的な例である。この同時代において、ブルジョワ民主主義のまた別の偉大なる代表者である、1789年革命と「人権宣言」の継続者、フランス共和国は、パリ・コミューンの鎮圧によって抜きん出た。1871年5月末、パリ・コミューンの崩壊は、一週間での数万人の労働者虐殺という形で実現されたのである。

しかしながら、民主主義制度によるこれらの諸犯罪は、20世紀全てに渡り犯された諸犯罪に比べれば、些細なものに過ぎない。