共産主義革命か人類の破壊か

CCI第9回会議にて採択された宣言

過去の全歴史上、今日ほど人類に賭けられたものが悲劇的且決定的であったことはなかった。一社会階級が、今日プロレタリアが担っている責任に比較しうるような責任に直面したことは、未だかつてない。

「共産主義は死んだ!」 「労働者よ、資本主義に終止符を打つことを望むのは無駄である。資本主義制度は決定的にその不倶戴天の敵を打倒した」。東側ブロックの崩壊以降、ブルジョワジーがあらゆゆる音色で繰り返す台詞がこれらである。このようにして、歴史上最大の虚偽、つまり共産主義のスターリニズムとの同一視、即ち資本主義的搾取の最も野蛮な形との同一視が、まさにこのスターリニズムが泥沼と混沌に散っている今日、新たにもう一度繰り返される台詞となった。各国の支配者階級にとって、それは彼らの被搾取者に、世界を変えるために闘うことは無駄であると説得することを意味する。「今あるもので満足しなければならない。何故ならそれ以外には何もないのだから。それに、資本主義が転覆するなら注意しなければならない:その次に来る社会はもっと悪いものになるはずであるから」。1989年以降のスターリニズムの栄光なき降伏、及びそれが支配していたブロックの屈辱的崩壊は、「民主主義と平和との栄えある勝利」として呈示された。彼らは、そこにおいて「人権」が遂に尊重されることになる、平和と繁栄を築く「世界的新秩序」を発表したということになっていた。

これらの演説が飛ばした泡が乾ききらないうちに、「文明国」たらんとする諸大国は、1991年中近東において、名づけようもない野蛮な戦争を勃発させた。数十万の人間を爆死させ、イラクを廃墟と死体の戦場へと化することにより、国民を搾取・抑圧していた指導者を厳格に罰すると偽り、この国の国民を、極悪な方法でもって「罰」に科したのである。

「しかし、それも今は終わったことである」と、ブルジョワジーは手を胸に当て誓い、我々に保証する。「あの戦争は必要であった」と彼らは言う:「他の戦争を無くす為に。国際法を尊重させることによって、あの国は遂に、国際的コミュニティーと国際連合の庇護下において諸紛争が平和的に解決される、連帯した世界への扉を開いたのだ」

これらの激変、及びこの野蛮と欺瞞との急激な拡がりに面し、世界のプロレタリアは麻痺したままであった。支配者階級は決定的な形で勝利を収めたことを意味しているのか?支配者階級は、その起源より自らの制度を襲い、この過去数十年間において特に顕著であった数々の矛盾を、これを最後に克服したのか?1世紀以上も前より、夜毎彼らを苛ましていた共産主義革命の亡霊を祓い去ることになったのか?これらが正に、支配者階級が非搾取者達に信じさせようとしたことなのである。しかし、誤ってはならない。彼らが我々に提唱する世界、我々に保持するよう求める世界とは、今日の世界よりより良いものにはならないばかりか、更に劣悪なものなのである。労働者階級としては、まだ降参してはいない。一時的にその口を塞がれているものの、労働者階級は、資本主義とそれが引き起こす野蛮とに終止符を打つ力をその内に備え続けている。かつてなかったまでに、その闘いは人類にとって唯一の希望となる。それは、人類を今日に至るまで苛んできた鎖、窮乏、戦争その他あらゆる惨禍から解放する唯一の希望である。

それが、諸革命家が彼らの階級に告げなくてはならないことなのである。そして、それが本宣言の主張するところなのである。

ブルジョワジーのプロパガンダの卑劣なキャンペーンに面し、革命家の最初の義務は、真実を再建させることにある。今日、ブルジョワジーが好き放題に、人類を苦しめる諸悪の一切の非がそこにあるとしている共産主義革命が、現実にはどのようなものであったか、そして将来にはどのようなものになるのかを、プロレタリアに思い出させることである。とりわけ、数十年に渡り世界の一部分を支配した体制を「共産主義」として呈示した極悪な虚偽を告発し、これらの諸体制がプロレタリア革命の申し子でも落とし子ですらもなく自らの墓堀人であったことの理由を証明することが、彼らの役目なのである。


(*)本宣言の起草は1991年9月に完成した。その原理及び内容は1991年7月、CCI第9回会議にて採択された(1991年10月-12月、「レヴュー・インターナショナル」第67号)。

 

スターリニズムは革命の申し子ではない

今世紀始め、第一次大戦中及び大戦後、プロレタリアは、資本主義にその最期を迎えさせるにほぼ至るような、超人的な諸闘争を繰り広げた。1917年、プロレタリアはロシアのブルジョワジー権力を転覆させた。1918年から1923年の間には、ヨーロッパの主要国、ドイツにおいて、同じ目標に到達するべく多様の襲撃を遂行した。この革命の波は世界中のあらゆる国にこだまし、特に発達した労働者階級が存在した全ての国々においては、イタリアからカナダまで、ハンガリーから中国まで、とりわけ顕著であった。それは、世界大戦がその初の大きな表明であった、資本主義の衰退期突入に対する、世界のプロレタリアの答えであった。又それは、19世紀半ばより革命家によって提唱されてきたあらゆる展望の、燦然たる追認であった:1848年の「共産党宣言」が予告していた通り、プロレタリアの時は来ていた。資本主義と、人類の進歩をそれ以降保証することが不可能な生産制度に対し、歴史によって下された判決を執行する、その時が。

労働者階級の敗北と資本主義の反革命

しかしながら、世界のブルジョワジーは、地球を揺るがしていた労働者階級のこの巨大な動きを抑制することに成功した。自らの消失の展望を抱かせる恐怖を乗り越えながら、ブルジョワジーは、持ちうる全力を闘いへ傾け、いかなる罪の前にもひるがないことによって、傷を負った野獣のように振舞った。

瞬くうちにブルジョワジーは、その革命に面し統一戦線をもって対抗する為、4年間に渡る戦争の間に彼らを引き裂いた帝国主義対立を鎮めた。策略と抑圧、数々の虚偽と虐殺により、ブルジョワジーは蜂起した労働者大衆を打ち負かした。彼らはロシアの諸革命家を「防疫線」という封鎖の形で包囲し、何千万もの人間を最悪な飢饉の手に委ねた。ブルジョワジーがいそいそとその飢饉を革命闘争自身のせいであるとしたことは明白であった。没落したツァーリズムの白軍への、多大なる人的・軍備的支援によって、ブルジョワジーは恐るべき内戦を勃発させ、何百万もの死と完全なる経済破壊とを引き起こした。この荒廃した戦場には、世界的革命の失敗によって孤立し、闘争と飢饉により大量殺戮を被った、ロシアの労働者階級がいた。彼らは反革命軍を撃退し打倒することに成功したにも関らず、1917年10月にその手中に収めた力を保持することはできなかった。ましてや、彼らが「社会主義を構築」することは不可能であった。他の国々、とりわけ西欧及び北米の大産業都市において敗北した労働者階級は、ロシア自身においても打倒される他、道はなかったのである。

世界規模の反革命の勝利は、革命後に出現した国家を転覆させるという形ではなく、その国家の退廃という形で反響した。世界レベルのブルジョワジーの力の維持の為、資本主義から自らを解放することができなかった国において、労働者階級を搾取し国家資本を管理するブルジョワジーの新形態を成したのは、この国家装置であった。ボルシヴィキ党は、1917年の革命において前衛を成した後、自らを国家とますます同一視することによって、同様にその衰退の途をたどった。自らのふところにおいて、革命の最良の闘士達が徐々に諸処の責任から退けられ、排除され、祖国より追放され、毒殺された。そして更には、スターリンを自らの最良の代表者であると認めた、あらゆる層の出世主義者と官僚とによって処刑されたのである。彼らの存在理由はもはや労働者階級の利益を擁護することにはなく、その逆に、ロシアにおいて新たに設立された新しい形の資本主義を保持・強化する為に、虚偽と抑圧によって労働者階級を最も下劣な独裁者の手に委ねることに、その存在理由を見出したのであった。

インターナショナルのその他の諸政党、即ち「共産主義」諸政党も、同じ道のりを歩んだ。世界的革命の失敗と、その結果である労働者陣営における混乱は、これらの政党のふところにおける日和見主義の発展を助長した。つまり、革命の原則と労働者階級闘争の歴史的展望とを、目前の偽りの「成功」の為に犠牲にするという政策である。これら共産主義の諸政党の進化は、労働者階級の傍らでその利益を擁護する為に闘う事よりも、国会や市町村の役所等ブルジョワ社会の歯車の中でより良いキャリアを成すことを考える数々の分子の増大を可能にした。この日和見主義の疫病に冒され、出世主義の官僚の支配に襲われ、その官僚を虚偽と威嚇を用いて指導部へと昇進させたロシア国家の抑圧に虐げられたこれらの政党は、革命的闘争に忠実な諸分子を自らの陣営から追払った後、最後には裏切り、ブルジョワジーの陣営へと根こそぎ鞍替えした。スターリニズムに支配されたボルシェヴィキ党と同じ理由で、彼らはそれぞれの国における反革命の前衛へと転向した。彼らは自らを赤い10月の後継者こと共産主義革命政党として名乗り続けた故に、それだけ良くこの役割を果たすことができたのである。退廃するボルシェヴィキ党の中にその権力の椅子を据える為、又、プロレタリアの立場・主張に対し最も誠実且献身的であった活動家を除去する為、レーニンのあらゆる威信をひけらかしたスターリンと同様に:労働者闘争を最も有効な妨害工作を実行する為、世界中の労働者の目の前で、1917年のロシア革命とボルシェヴィキの戦闘員達が獲得した威信を横領した、スターリン主義諸政党と同様に。

今日又新たに用いられているスターリニズムと共産主義との同一視が、歴史上最大の虚偽の本質を成していることは確実である。実際には、スターリニズムは共産主義の最悪の敵であるばかりか、その否定そのものなのである。

共産主義はインターナショナリスト(国際主義者)にしかなり得ない

共産主義はインターナショナリスト(国際主義者)にしかなり得ない:

スターリニズムはショーヴィニズム(盲目的愛国主義)の勝利を意味する

このように、共産主義の理論は、インターナショナリズム(国際主義)、つまり世界各国の全ての労働者の国際的連帯を、その起源より、自らの原則の先頭に据えてきた。この理論の二大創始者、マルクスとエンゲルスにより起草された共産党宣言の合言葉は「万国のプロレタリアよ、団結せよ」であった。同宣言は「プロレタリアは祖国を持たない」とはっきりと断言している。労働者運動にとってインターナショナリズムが常にこれほどの重要性をもっていたのは、偽預言者か何かのユートピア的着想の為ではなく、資本主義による搾取、及びその他あらゆる形の人間による人間の搾取に対し、唯一終止符を打つことを可能とするプロレタリア革命は、全世界的な規模でなけれ生じ得ない為である。 

1847年以降、強力に表明されてきたのがこの現実である。:「共産主義革命は(中略)純粋に一国内に限定された革命にはならない:それはあらゆる発展国において同時に発生するであろう(中略):それは同時に地球上のその他あらゆる国々に多大な反響を呼び起こし、各国の発展の過程を一変させ、促進させるであろう。それは全世界的革命である:従ってその革命は、世界的な地盤を得るであろう」(「共産主義の原理」F.エンゲルス)

ロシア革命時、ボルシェヴィキ党によって全力で擁護されたのもまた、この同じ原則であった:「ロシア革命は世界の社会主義者の大群からの離脱に過ぎない。我々が達成した革命の成功と勝利とは、この大群の行動如何にかかっている。これは我々のうち誰一人として忘れることの無い事実である(中略)。ロシアのプロレタリアはその革命的孤立を自覚し、又、彼らの勝利は世界中の労働者の団結した介入をその必要不可欠条件かつ基本的前提としていることを、明確に知っている」(レーニン、1918年7月23日) 

この為、レーニンの死後、1925年にスターリンによって持ち出された「一国社会主義構築」のテーゼは、労働者運動の基本的原則の恥知らずな裏切りでしかない。ボルシェヴィキとあらゆる革命家は、常にインターナショナリズムの為に闘ってきた。その闘いはとりわけ第一次世界大戦中に目覚ましく、その大戦を終焉に導いたのは、まさにロシアとドイツにおけるプロレタリアの活動のおかげであった。しかし、その国際主義の代わりに、スターリンとその共犯者が掲げたのは、最も卑劣なナショナリズムの代弁者と成り果てることであった。

ロシアでは、「社会党」の擁護を口実に、数年前のプロレタリア革命に反する闘いの折、かつて白軍にとっての旗印として使用された、ショーヴニズム(盲目的愛国主義)の古い反対キャンペーンが再開されている。第二次世界大戦時、スターリンは帝国主義的殺戮への自国の参加を光栄とし、2千万ものソヴィエト人が「祖国の勝利」の為に死んだ。その他の国々では、スターリン諸政党が、プロレタリアの万国共通歌であるインターナショナルを国歌に続けて歌うことにより、その二つを混同させることと、1世紀以上に及ぶ労働者闘争の旗である赤旗を、労働者を虐殺した時に警官と軍隊とが掲げた、ナショナリストのあらゆる雑巾と混合させることを自らの義務とした。又、第二次大戦の終わりにドイツ軍占領下にあった国々においては、ショーヴィニズムのヒステリーが爆発し、スターリン政党は断固としてその中での首席を自らの権利として要求し、インターナショナリズムの一声を発し、又は聞かせようとする全ての者を「祖国の裏切り者」として抹殺する行き届いた配慮を、他の何者にも譲ることなく自ら加えるのである。 

インターナショナリズム:国際主義に反するナショナリズム、それこそがスターリニズムが共産主義とは全く相容れず、無関係である証明が必要があるとするならば、それを最も良く示す証明である。しかし、この二つの違いの証明は、それだけでは決してない。

共産主義とは、プロレタリアの独裁による搾取の廃止である。一方、スターリニズムとは、プロレタリアの搾取を維持させる為に、プロレタリアを独裁することである。 

共産主義はプロレタリアの独裁をもってのみ確立することが可能である。即ちそれは、全ての賃金労働者の力による社会全体の独裁である。この力とは、労働者評議会により労働者階級が行使する力である。労働者評議会は、社会の進行に関する本質的決定の責任を担い、中央集権化と調整とをその任務とする代表委任者を絶えず管理する、労働者の最高議会である。1917年、「ソヴィエト」の権力は、まさにこれらの原則の上に置かれていた(「ソヴィエト」はロシア語で「評議会」を意味する)。スターリニズムは、このような体制の完全なる否定を表している。スターリニズムが知る唯一の独裁とはプロレタリアの独裁ではなく、プロレタリアの独裁の名の下に行なわれる独裁である。それは、ごく僅かな官僚による、プロレタリアへの独裁であり、彼らに敢えて歯向かった労働者に対する警察、密告、強制収容所送り、及び処刑といった、最も極悪な恐怖につけ込んだ独裁であった。それはまさに1956年のハンガリー、1970年及び1981年のポーランドにおいて、我々が再目撃した通りである。

最後に、共産主義とは、人間による人間の搾取の廃止を意味する。それは、特権階級と、その特権階級を肥えさせることへの従事を第一の仕事とする被搾取階級とに分割された社会に終止符を打つことである。スターリン制度において、労働者は搾取されることから一時たりとも逃れなかった。労働者達の仕事、汗と欠乏は、政党国家の装置である指導者のメンバーに、彼らに特権を味わわせ続けることを可能にすること以外の目的を何ら持たなかった。彼らが豪勢な住居の恩恵に浴する一方、労働者の家族は哀れな住居に押し込められ、彼らには何もかもが揃った特別な商店が自由にあてがわれた一方、労働者向けの商店は絶望的に空っぽで、半分傷んだ肉のひとかけらを求めて何時間もの列に並ぶことが強いられたのである。他方、共産主義の社会においては、生産とは基本的に人間の必需品を充足させることへ方向付けられている:USSRやその他の同じタイプの国々における、「共産主義」-或いは「共産主義へ移行中」- 社会の素晴らしい例は、或いは公式には資本主義である国々においては尚の事、最良の生産が最も洗練され殺戮的な武器生産へと向けられているのである。

結局のところ、共産主義や社会主義、労働者階級と言った名の下、世界の一部分を何十年にも渡り牛耳った体制は、資本主義のあらゆる本質的特徴を呈している。それは、これらの体制が、他でもなく、実際のところは完全なる資本主義であったとという良い証明である。例えそれが資本主義の極端に脆い形をとったものであったとしても、欧米の国々における「私有」のブルジョワジーが国家のブルジョワジーに取り替えられたものであったとしても、又は衰退期突入以来あらゆる国々の資本主義制度に作用し、最も滑稽で馬鹿げた形をとった国家の資本主義への全世界的傾向であったとしても、それらは単なる形の違いに過ぎず、本質は同じものであったことを示している。

「民主主義」諸国:スターリニズムの共犯者

革命の失敗後にロシアにおいて設置された制度は、資本主義の一つのバリエーションでしかなく、しかもそれは反革命の尖鋭部隊であった。その制度が、その数年前にソヴィエトの権力に対し猛烈に戦った、あらゆる国のブルジョワジーからの熱烈な支援を受けたのは、まさにその為である。1934年には、現にこれらの同じブルジョワジーが、レーニンによってその設立時「盗賊どもの巣窟」と形容された、国際連盟(国際連合の先駆)へのUSSRの加入に同意する。それは、1917年のボルシェヴィキを、歯の間にナイフを挟んだ野蛮人かのように提示したあらゆる国の支配階級の眼に、スターリンが「尊敬に値する」者として写るようになったことの象徴である。帝国主義的盗賊はこの人物を自分達の仲間の一員として認めたのである。それ以降、世界のブルジョワジーの非難を蒙った者とは、スターリニズムに反対した諸革命家であった。こうして、1917年の革命の最重要指導者の一人であったトロツキー(注1)は、世界中からの追放者となる。1929年ににはUSSRから追放され、常時警官による監視の下、国から国へと追われた上に、スターリン主義者が展開し、欧米のブルジョワジーによって悦に入り反響された、最も卑劣な中傷キャンペーンに対して立ち向かうことを余儀なくされるのである。このようにして、1936年よりスターリンが下劣な「モスクワ裁判」を計画し、拷問により打ち砕かれたレーニンの旧仲間達が、最も卑しむべき数々の犯罪を自らの非と認め、その見せしめの懲罰を自ら要求するのを我々が目撃する時、これら同じブルジョワジーは、「火の無い所に煙は立たず」と暗にわからせんとするのである。よって、スターリンがその非人間的な諸犯罪を成し遂げ、その強制収容所において何十万人もの共産主義者、及び一千万人以上の労働者と農民とを処刑したのは、あらゆる国のブルジョワジーとの共犯によってである。そして、この共犯において、最もその熱心さを明らかにしたブルジョワジーの諸党派とは、「民主主義」党派、とりわけ社会民主主義の党派なのである。それは今日においても変らず、スターリン主義の諸犯罪を最も極端な辛辣さで告発し、自らを美徳のモデルとして名乗っているのも、この同じ部門である。

今や巧みに隠す配慮が成された、スターリニズムの卑劣さに対する「民主主義」諸国の共犯は、彼らの唯一の犯罪ではない。実際には、ブルジョワ民主主義とは、資本主義制度の他の諸形態やスターリニズム、ファシズム等と変らず同様に、残虐行為にかけての熟練者なのである。 


(注1)トロツキーと、今日「トロツキー主義」を主張している数々の異なる政治組織とを混同しないことが重要である。スターリニズムに反して行なった諸行動が、政治的に誤った諸概念や、URSSにおける「労働者の獲得」の維持、及びプロレタリアがそのいわゆる「獲得」を「擁護」する必要性といった譲歩によって汚点を付けられたものであったとしても、トロツキーは偉大な革命家であった。それに反して、1940年のスターリンの手先によるトロツキー暗殺及び第二次大戦以降に、トロツキーとその諸立場とを主張し続ける諸潮流は、帝国主義戦争においてプロレタリアに殺害し合うことを求め、労働者階級の陣営を決定的に去り、資本主義陣営におけるスターリニズムへと辿り着いたのである。

「民主主義」は、ブルジョワジーの流血好きな独裁者の偽善的仮面である

いかなる時も、革命家は資本主義社会における「民主主義」の嘘を告発してきた。公式には権力が「国民」即ちあらゆる市民に属するものであるとするこの政府の形は、ブルジョワジーの、彼らが搾取する階級上への、共有されることの無い権力の道具に過ぎなかった。 

その始まりより、ブルジョワ的民主主義は、その汚い仕事において比類なく卓然としていた。その他あらゆる民主主義者にとってまさに模範であるとして紹介されたワシントンやジェファーソン連中によるアメリカの偉大なる民主主義者は、1864年に至るまで奴隷制度を維持させた。その廃止に踏切ったのは、労働者の搾取の方がが奴隷の搾取よりも利益をもたらしたからである。奴隷制度の永続を望んだアメリカ南部の州を支持した英国は、もう一つの民主主義国の模範的な例である。この同時代において、ブルジョワ民主主義のまた別の偉大なる代表者である、1789年革命と「人権宣言」の継続者、フランス共和国は、パリ・コミューンの鎮圧によって抜きん出た。1871年5月末、パリ・コミューンの崩壊は、一週間での数万人の労働者虐殺という形で実現されたのである。

しかしながら、民主主義制度によるこれらの諸犯罪は、20世紀全てに渡り犯された諸犯罪に比べれば、些細なものに過ぎない。

20世紀間のブルジョワ民主主義による諸犯罪

実際、二千万もの人間が一掃された第一次世界大戦の主要中心人物を構成したのは、「社会主義」諸政党のほとんどによる熱心な支持を伴った、完璧なる「民主主義」諸政府であった。「社会主義者」の共謀或いは指示と共に、この同じ政府が、戦争の殺戮に終焉をもたらした革命波を、残忍な方法でもって玉砕したのである。ベルリンにおいては、1919年1月、「社会主義者」ノスケの指示の下、フライコール(義勇軍)が、逃亡未遂を口実に、革命の二大指導者を処刑に課す:カール・リープクネヒトはその首に銃弾を受け暗殺され、ローザ・ルクセンブルグは銃床により殴り殺された。同時期、社会民主党政府は、敗国ドイツ対し勝国フランスによって大急ぎで返却された16,000の機関銃のおかげで、何千人もの労働者を殺戮した。そして又1918年以降、ツァーリズムの軍隊への惜しみない支持を送っているのは、この同じ「民主主義」国、とりわけ米国、英国及びフランスなのである。ツァーリズムの軍隊とは、つまるところ、この時代の最も暴力的で退行的な体制の一つであり、その目的はロシアの革命的プロレタリアに対して戦うことにあった。

両大戦間も、徳高き「民主主義」によって犯された数々の犯罪に事欠くことにはならない。この二大戦間は、その他諸処の犯罪の中でも、とりわけ植民地における殺戮に富んだ時期であった。1925年、その一連の残虐行為は、大いなる民主主義国家、英国による初の毒ガスの使用、後に我々が非難することになるサダム・フセインによる「バグダットの虐殺」:クルド人に対するのと同じ毒ガスの使用であった。しかしながら、民主主義諸国がその本来の能力を余すところなく発揮する時は、第二次大戦の最中であった。この大戦中、彼らはあたかも独裁者とナチスの残虐行為に反する十字軍を導くかのように振舞ったのである。

この大戦の翌日の「連合国」によるプロパガンダは、ドイツ当局によって犯された「戦争犯罪」については枯渇しなかった。そのプロパガンダが容易であったことは明白である:スターリニズム下のそれと同等の警察の独裁と絶滅キャンプでもって、ナチズムは、スターリニズムと共に、衰退的資本主義が生んだ野蛮の頂点の一つを代表した。ナチズムは、ドイツのブルジョワジーによる、「民主主義的」、議会的方法でその地位を獲得した。それは、その10年前に労働者革命を壊滅させる為に、プロレタリアに対し猛威を奮った反革命の申し子である社会民主党に権力を与えたのと同じブルジョワジーであった。ナチズムは、脅威を感じた時に支配階級が耽ることの出来る野蛮さの象徴を成した。中でも600万人のユダヤ人を殺害したホロコーストはその最たる例である。ナチズム犯罪の張本人たちはニュルンベルグ裁判にて法廷にかけられ、ある者達は処刑された。それに反して、「連合国」の軍人、及びチャーチルやルーズベルト、トルーマンを審議にかける法廷は一切存在しなかった。彼らが、とりわけ、ドイツの数都市への、又その都市の中でも特に労働者の居住区域への徹底的な爆撃を行い、その度に何万人もの民間人の犠牲を出したことに対し、責任を負っていたという事実にも関らず、裁かれることはなかった。1945年2月13、14日、既に戦争に勝っていたにも関らず、又、一切の軍事設備をもたず、まさにそれ故に何十万者もの避難民と負傷者との受け入れの街であったにも関らず、ドレスデンを巨大な戦火に変貌させることを命じ、数時間で20万もの人間を殺した者は、勝者陣営に属していたが故に法廷にかけられることはなかったのである。又、1945年8月、日本の都市、ヒロシマとナガサキに、現在に至るまでの歴史上最初且唯一の原子爆弾を投下し、一瞬にして14万人と7万人の死者をもたらしたのは、同じく偉大なる民主主義国家のアメリカであった。そしてその後の耐え難い苦しみの犠牲者の数は、その死者の数をはるかに上回るものである。 

チャーチルやルーズベルト等と同じ民主主義者は、ナチス体制による何百人ものユダヤ人の撲滅を完全に知っていながら、彼らを救ういかなる試みも行なわなかった。それどころか彼らは、ドイツ政府とその同盟国とが、その内の何十万人かを解放しようとした全ての提案を、ことごとく拒絶するまでに至った。最大の皮肉は、これら「ヒューマニスト」が、これら全てのユダヤ人を運搬し受け入れることは、戦争の効果を減速させるという理由で持って、自らの行動を正当化したことである。

第二次大戦後、「民主主義」はその犯罪を永続させる

戦後、勝利者達は、徳と自由、国民の権利と人権の旗を四方八方で翻し、ナチスの野蛮さ反対を叫んでいたにも関らず、その非難の対象であったナチスと同じ方法を敢えて使用することについては、一瞬たりとも躊躇しなかった。例えば、民間人に対する大規模の国家間報復は、ニュルンベルグの被告人の独占ではなく、「自由な世界」の灯台・アメリカ合衆国や、「人権の祖国」・フランスといった異なる様々の「民主主義」諸国によって導かれた、植民地戦争及び新植民地戦争のごく日常なのである。このようにして、ヒットラーの率いるドイツが降伏する1945年5月8日、「キリスト教民主党」、「社会党」、「共産党」が占めるフランス政府は、市民の一部がこの政府の「国家解放」の演説を文字通りに受け取っていた、アルジェリアの都市・セティフとコンスタンチンにおいて、爆弾投下による2万人以上もの死者を出す。そして更に2年後、同政府はその搾取をマダガスカールにて一新、今度は8万人の死者を出すに至るのである。

ゲシュタポによって用いられた拷問、又は現在非難されているアルゼンチンやチリの「(要人付きの武装)ボディーガード」達の失踪に関して言えば、同フランス当局がインドシナやアルジェリアにおいて数年間に渡り実施したものであり、その為余りにうんざりさせられた多数の警官や軍人が辞職したほどであった。同様に、ヴェトナムにいてアメリカ国軍が荒れ狂わせた嘔吐感を催すような数々の殺戮は、今だ記憶に新しい:ナパーム弾によって焼かれた村々、ヘリコプターで一斉射撃される農民達、女・子供・老人を含むマイ・ライ(ソンミ)の村における全住民の虐殺、これが「民主主義」のチャンピオンの立派な武勲である。結局のところ、民主主義はその他のブルジョワジー政府と根底において異なる点はない。民主主義は、被搾取者を抑圧し、住民を虐殺し、反対する者を拷問にかけ、その統治下の人々に嘘をつくことに関しては、それら他のブルジョワジー政府を羨むところは何ら無い。それどころか、公然たる独裁体制よりも自らが優れていることを民主主義が示すのは、まさにそれらの場においてなのである。もしファシズムやスターリニズムといった公然たる独裁体制が、支配する為に徹底した方法で虚偽を用いたとすれば、民主主義は更にその上を行く:民主主義は、それらの体制と全く同じ諸犯罪を犯し、大規模で彼らのように嘘をつきながら、その上に、美徳や人権、真実と言った大義に身を纏いひけらかし、自らの「批判」のスペクタクルを、「責任者」、即ち彼ら自身の擁護者の手によって見事に企画・開催することによって、あたかもその逆のことを行なっているかのよう振舞うのである。民主主義は、ブルジョワジーの完璧で流血好きな独裁者から、被搾取者の目を覆い隠すいちじくの葉以外の何物でもない。

労働者にとって、民主主義が大いなる危険であるのはこの為である。今日、労働者が、「共産主義に対する民主主義の勝利」を主張するキャンペーンによってかつがれることを拒否しなければならない理由はここにある。労働者が、この勝利が告示せんとする「世界新秩序」に関する欺瞞によって罠にかけられることを拒否しなければならないのも、同様である。

かつてないほど、資本主義が我々にもたらし得る唯一の「展望」とは戦禍の残酷のみである

イラクと米国により指揮された「連合」国間との湾岸戦争は、民主主義的な美論が値するものが何たるかを、新たに我々に示した。もう一度、我々は「文明」諸大国の作品を目にすることが出来た:イラクにおける何十万もの死者、7トン爆弾、「燃料気化」爆弾等の最も殺戮的且野蛮な武器の使用である。サダム・フセインが用いたガスよりも更に「効果的」なものであるこの爆弾は、その犠牲者を窒息により即死させた。我々は、どのようにしてこれら「民主主義」、「先進」大国が、穀物倉庫、食品工場、浄水場および病院といった、あらゆる種類の民間施設を徹底的に破壊することによって、生存者に大規模な飢饉と流行病とを引き起こすことができのるかを目撃することが出来た。我々は、その後手遅れになってから、指図のままに動いていたメディアによって何週間にも及び嫌と言うほど繰り返し放映されていた「きれいな戦争」の有名なイメージが、どのようにして、その他の数々の戦争と同様にその「汚い」戦争の現実を隠していたのかを知ることが出来た:何十万もの兵士を生き埋めにし、4回中3回は標的を外し、その度に近隣の住民に真の殺戮を引き起こした「絨毯爆撃」、バグダッドの民間人避難所における800人の殺害、戦争最終日における、逃亡中の兵士及び民間人までもに対する、クウェート・バスラ間道程での大規模の殺戮等がそれである。又我々は、かつてナショナリストの徒党に続いてクルド人が蜂起するのに駆り立てた「民主主義」ブルジョワジーが、この同じクルド人を残虐なサダムに皆殺しさせるままにしていた時、彼らが到達し得るシニスムのレベルがどれほどのものであるかを確認することが出来た:そして引き続き、虐殺が終了したその後で、自称「人道的援助」を調整したことによって自ら証明した、彼らの欺瞞のレベルがどれほどのものであるかということも。

ブルジョワジーの欺瞞

湾岸戦争は、民主主義諸政府が嬉々として繰り返した「報道の自由」や「知る権利」に関する演説が、どれほど欺瞞に満ちたものであるかを我々に立証することを可能にした。この戦争を一貫して、ただ一つの真実のみだけしか存在しなかった:それは、諸政府の真実である。存在した唯一つの映像形態は、軍当局に提供された映像形態であった。いわゆる「報道の自由」はその本来の姿を現した:つまり、単なる偽善的装飾としての姿である。最初の爆弾か投下された瞬間より、「報道の自由」は、形態の如何を問わずあらゆる全体主義体制内においてと同様、あらゆるメディア内において、政府の指令への細心綿密で盲従的な実行に、公然とその席を譲った。もう一度、民主主義はその真の性質、即ち支配者階級の被搾取者上への、全的独裁の道具であるという性質を、改めて示したのである。そして、我々が浴びせられてきたあらゆる欺瞞の中でも最も卑劣な欺瞞の栄冠は、この殺戮を、「繁栄的・平和的新世界秩序」樹立を目的とした「平和の為の戦争」として呈示した者へ帰属するのである。 

それは数々のブルジョワ的欺瞞の内でも、最も醜悪で使い古されたものの一つである。衰退的資本主義が新たな帝国主義的殺戮に取り掛かる度に、ブルジョワジーは同じ決まり文句を繰り返してきた。第一次大戦は、その2千万人の死者と共に、「最後の戦争」となるはずであった。その20年後の大戦は、それよりはるかに恐ろしいものであった:5千万人の死者をうみ出したである。この戦争の勝者は、それを「文明の決定的勝利」として呈示した:その大戦に続いた数々の戦争は、それ以来、全部でそれと同等の数の死者を生んできた。そしてその数には、それらの戦争が引き起こした、飢饉や流行病といったあらゆる惨禍による犠牲者の数は含まれてはいない。

労働者階級は、罠にかかることを拒否しなければならない:資本主義下において、戦争の終焉とは不可能である。それは諸政府の政策の「良さ」や「悪さ」の問題ではなく、国家を指揮する者の「思慮分別」や「狂気」にかかっているのでもない。戦争は、資本の異なる様々な部門間における競争に基づいた制度である、資本主義制度と切り離すことができないものとなった。この制度の決定的な経済的破綻は、これら様々な部門間の増大する敵対関係へと導き、その制度の中であらゆる国々が身を委ねている商業戦争が達する果ては、武力戦争でしかあり得ない。誤ってはいけない:この二大世界大戦を引き起こした数々の経済的理由は、消え去りはしなかった。それどころか、資本主義経済がこれほどまでの袋小路に陥ったことはかつてなかったのである。この袋小路が意味するのは、資本主義制度が寿命に達し、その制度に先立った社会、即ち封建社会や奴隷制度社会といった社会が辿った運命と同じく、転覆させられるべき時が来たということである。資本主義の生存は人間社会にとっての完全な不条理である。それは、人類にとって充足や幸福をもたらす為どころか、廃墟と死体とを積み重ねる為に、科学と人間の労力の豊かさを総動員し、その豊かさを破壊する帝国主義的戦争そのものと同様の不条理である。又、ロシア帝国の崩壊、即ち世界の敵対する二大ブロックへの分割の終了が、戦争の消失を意味するなどと、彼らに言わせるわけにはいかない。敵対する二大強国とその各同盟国間における新たな世界大戦は、現在のところは喫緊の問題ではない。しかし、各ブロックの終焉は資本主義の矛盾に終焉をもたらした訳ではない。危機は常に存在している。消失したのは、それらの強国が彼らの属国へ課していた服従である。そして国家間対立は、恐慌の手の施しようのない悪化に伴い激化しざるを得ない為、唯一の展望は「世界の新秩序」どころではなく、更に破滅的な「世界の無秩序」なのである。

資本主義の将来:さらなる戦禍の野蛮

社会にとって予想されるのは、大小を問わないあらゆる国々の、帝国主義的欲望の爆発である。全てのブルジョワジーは、あらゆる手段、とりわけ軍事的手段をもって、「各人が己の為に」、他を破壊することで自らの利益を守ろうとし、ごく僅かな市場のみではなく、ごく僅かな領土の一塊、及びごく僅かな影響圏を求めて争うこととなるであろう。実際には、資本主義が人類に提案する未来とは、史上最大の混沌である。そして世界の最強国が「秩序保護」の為の監視役、つまり「世界警官」として睨みをきかせることを意図する時、その国がする術を心得ている唯一の事は、新たな無秩序と流血の惨禍を爆発させることのみである。1991年の初頭に中東で我々が目の当たりにした事実がそれを物語っている。アメリカによるイラクに対する十字軍は、「権利」、「国際法」及び「世界秩序」の名における十字軍として呈示された。それは、アメリカという最強のギャングに、サダム・フセインのような他のギャングを犠牲に、殺害する権利を誇示することを可能とした、懲罰隊の派遣さながらにその姿を示した。その目的は、自らの法、つまり強者の掟、マフィアの掟を押し付けることであった。唯一の違いは、古典的なギャングは互い同士の間において、小規模で殺し合うことに対し、国家の指揮者は、その時々の敵対者の統治下にある国民を真っ先に殺し、それは大規模で行なわれるということである。「世界秩序」に関してはどうかと言えば、湾岸戦争以来、それがどのように「守られ」てきたかを、我々は見ることができた。中東自身において、この戦争は、イラン、トルコ、シリア、USSR南部等の地域全体を脅かしていたシーア派とクルド人の反乱といった新たな無秩序を発生させた。そしてその脅威は、これらの人間の虐殺と引き換えによってのみ排除された。世界のその他あらゆる場において、混沌は増大する一方である。アフリカ大陸においては、人々は民族間対立や殺戮にはまり込み、これらの諸問題は、それでなくても存在する飢饉や伝染病を更に煽るばかりである。もはやヨーロッパさえも、この混沌から免れることはできなかった。ユーゴスラヴィアが火と流血の中へ散り、巨人・USSRは断末魔の痙攣を経験していた:独裁体制により貧困と無秩序とに陥れさせ、国民の搾取を止めないアフリカの諸共和国におけるものと同様の武装蜂起、これらの共和国のほとんどの分離、ナショナリズムの爆発、ユーゴスラヴィアにおけるものと同じ数々の対決へと、大陸規模で向かって進み、その上、ブルジョワジーの最も無責任な部分、或いはそうでなければ地方のマフィアの手中に、何万もの核弾頭が委ねられかねないのである。 

そして遂に、旧西側ブロックの列強諸国は、自らをばらばらに引き裂き合い始める。ドイツのブルジョワジーが、オーストリアのブルジョワジーを共犯に、ユーゴスラヴィアにおける戦火に油を注いだのを我々が目撃することができた事情はこの通りであった。欧米のその他の国々のブルジョワジーがユーゴスラヴィアの統一の維持に賭けようとしていた一方、彼らは、スロヴェニアとクロアチアの独立運動を強調することによって、ユーゴスラヴィアの状況をより一層煽りたてたのである。昨日の同盟国家間において、つまりUSSRの崩壊とそれに伴う軍事力の崩壊によってそれ以降もはや強固に団結する必要がなくなった国々の間において、帝国主義的対立、つまりごく僅かな経済的・政治的・軍事的影響圏を求める貪るような捜索は、ますます激化する一方の欲望の渦巻く戦場へと帰着するのみである。まさしくこの為に、結局のところ、アメリカはイラクへあれほどまでの破壊を科したのである。イラクは、唯一の狙いとなるには程遠かった。打倒された国の軍事力とは全く比較不可能なレベルであるアメリカの軍事力の誇示、最も洗練され、最も殺戮的な武器の数々の猥褻で見本市的な公開は、イラクに対してのみ向けられたものなどではなく、イラクを離れ、それ以外の、つまりイラクを真似ようとする、イラクの中景の他の国々に対してまで向けられたものである。要するに、アメリカが根本的に自らの「メッセージ」を向けていたのは、彼ら自身の「同盟国」、即ち彼らが戦争に引きずり込んだ国々(例えばフランス、イタリア、スペイン等の国々)、或いはその経費の負担を余儀なくされた国々(日本やドイツ等の国々)に対してなのであった。それはつまり、こういうメッセージである:「世界秩序」を敢えて震撼させようなどとする者、現在の力関係を根底から改めて問い質そうなどと思いつく者、つまりは世界最強国の最上権に対し異議を唱えようとせんあらゆる者達よ、気をつけろ。

このようにして、「世界秩序」、「平和」、国家間「協力」、及び最も不利な立場に置かれた国民への「連帯」、「公平」等に関する大演説の背後における欲望の渦巻く場として現れる世界は、「各人が己の為に」、を発展させ、帝国主義的対立の激化、万人の万人に対する戦争、経済戦争、そしてますますの武力戦争を発展させる。世界に既に現存し、しかも悪化する一方のこの流血の混沌に面し、「世界秩序」の維持が意味するものは、軍事力の更に頻繁で更に乱暴な使用でしかない。それは帝国主義列強諸国による数々の殺戮の猛威を意味し、それはまず第一に輝かしき「民主主義」の灯台国、世界警官であるアメリカによって行なわれるのである。 

結局のところ、我々が現在目撃しているこの混沌の発達;数々の戦争・紛争の勃発、血みどろの民族間対決への国全体の没入、不条理かつ残忍な殺戮等の全ては、今日の世界が、未だかつて経験したことのない未曾有の大混乱によって支配された、歴史上の新時代へと急激に移行したことを我々に示している。

とりわけ「民主主義」ブルジョワジーは、彼らが「共産主義」として呈示するスターリニズム諸体制の不意の崩壊は、これらの体制が陥った袋小路と彼らの経済の決定的破綻の結果、唯一の結果であると我々に信じさせようとしている。 

またもやブルジョワジーの欺瞞である!

国家の資本主義のスターリン主義的形態が、世界の経済危機に面してとりわけ無分別で、脆く、備えが不十分であったことは真実である。しかしながら、1989年秋の数週間における帝国主義ブロック全体の爆発、そしてそのブロックのリーダー国、まだ2年足らず前までは世界の第二最強国であったUSSRの同様に唐突な今日の崩壊という、これほどの歴史的な重大事件が明らかにしているのは、スターリン主義体制のみではなく、それ以上にとりわけ資本主義システム全体が達した腐敗の段階なのである。 

今世紀初頭より世界が経験してきたような資本主義の衰退は、今から、人間の歴史上最も悲劇的な時代としてその姿を現すことになる。

かつて人間社会がこれら両世界大戦がもたらしたほどの大殺戮を経験したことはなかった。科学の進歩がこれほどまでの規模の破壊と殺戮、人間の不幸を生じさせる為に使用されたことはかつて一度もなかった。これほどまでに富の蓄積が、何十年も前から第三世界で猛威を振るってきた、これほどまでの飢饉や苦痛に近接し、又その原因となった事はかつてなかった。にも関らず、人類はまだどん底に達してしまってはいないようである。この資本主義の衰退が意味するものは、この制度の終焉である。しかし、この終焉自身は一つの歴史を有する:今日、我々はその最終段階、つまり社会の全体的分解、この制度の立ち腐れへと達したのである。

分解:資本主義の衰退の最終段階

今まさに我々にとって問題となっているのは、社会の腐敗である。第二次世界大戦終了以降、資本主義は、自らの衰退の最も野蛮で卑しい表明を、後進国へと退けることに成功してきた。今日、これらの野蛮の表明が増大しているのは、最先進諸国自身の中においてである。例えば、宗教や言語、保存伝統民族儀式の相違などと言う理由で、住民が互いに虐殺し合うという不条理な民族間紛争は、数十年前より、アフリカやインド、中東と言った「第三世界」のみにおける専用かのように思われていた。

現在、これほどの不条理が、北イタリアとオーストリアの産業主要都市からほんの数百キロを離れたに過ぎない地、ユーゴスラヴィアにおいて猛威を振るっている。この国や旧ロシア帝国内において同様に発達しているようなナショナリストの諸運動が、かつてその国の発達に足枷していた鎖を解放された「進歩主義」国家設立の為の、「自由の為の正当な要求」を代表しているなどと、我々に信じさせようとするがままにさせてはならない。 

前世紀における幾つかの民族解放・独立闘争が、進歩主義的特徴を有していたことは確かである。しかしそれらは、封建制度によって伝え残されてきた、地方自治主義のあらゆる足枷と分割とに打ち勝つことを可能にした、将来性を持った領土の実体的存在の構築に向けた道を切り開いたという限りにおいてのみ、進歩主義的であった。特に、ドイツやイタリアにおける国民国家の建設を可能にした数々の運動が、まさにそのケースであった。しかし、今世紀初頭より、資本主義の衰退期突入と共に、「民族独立」の諸闘争は、何よりもまず強国間、帝国主義ブロック間の対決の駒に成り果てることによって、その全ての「進歩主義的」特徴を失った。今日、バルカン諸国や中央ヨーロッパにおいて発展している幾つかのナショナリストの運動が、例え赫々然然の国々によって密かに煽られたものであったとしても、これらの運動の全体が明らかにしているのは、更に大きな不条理である:経済がかつて歴史が経験したことのないレベルの世界化に達した今日、先進国のブルジョワジーは自らの経済を救う為、それが不成功でありながらも、EEC(欧州経済共同体)のような国家よりも広大な枠組を自らに与えようとしている。このような現状において、第二次世界大戦によって、我々に残された諸国家を、さらに多数の小国家に分解することは、資本主義の利益の観点においてでさえ、全くの無分別である。これら地域の住人に関して言えば、彼らの運命は以前より良くなるどころか、反対にさらに劣化するであろう:経済混乱の増大、盲国的愛国主義で外国人排斥的な扇動政治家達への服従、現在まで共存していた共同体間での果し合いとユダヤ人の虐殺、そして何より、労働者階級の異なる部門間の悲劇的な分裂がその運命となるであろう。さらなる貧困と抑圧、恐怖、そして搾取者に立ち向かうプロレタリア間の階級的連帯の破壊:それが、今日ナショナリズムが意味しているものである。現在のこのナショナリストのヒステリーの爆発は、衰退的資本主義が野蛮と腐敗との中へ新たな一歩を踏み出したことのゆるぎない証明である。

しかしながら、ヨーロッパの一部におけるこのナショナリズムのヒステリーの爆発は、資本主義がかつてその周辺に退け、今や先進諸国に広がっている、残酷によるこの分解の唯一の表明であるどころか、全くその逆なのである。

資本主義の中心にまで広がる残酷

例えば昨日、最先進国の労働者に、反抗する理由など一切存在しないと信じさせる為に、メディアは、ボゴタのスラム街やマニラの歩道へと赴き、犯罪や子供の売春についての現地報告を行なった。今日、12歳の子供が売春に走り、たった数グラムのクラック(麻薬)のために殺人を犯しているのは、世界で最も豊かな国の、ニューヨークやロサンジェルス、ワシントンといった都市においてである。同国において、今や路上生活者の数は何十万もに上っている:世界財政の聖堂であるウォール・ストリートの目と鼻の先では、カルカッタでと同じように、大勢の人間が歩道上のダンボールの中で寝起きしている。昨日、掟に仕立て上げられた公金横領及び汚職は、「第三世界」の支配者達のみに限られた特技・専門のように思われていた。今日、「先進」諸国における政治人員の全体による詐欺師的品行を暴露するスキャンダルが勃発せずに一月が過ぎることは無い:内閣を委ねることのできる「きちんとした」政治家を見つけることが「ミッション・インポッシブル(不可能な任務)」となった日本における、政治家の相次ぐ辞任;麻薬密売・取引におけるCIAの大規模の荷担、イタリアにおける国家の最高峰へのマフィアの侵入、自らの卑劣な言動が値する監獄行きを免れる為のフランス人議員達の自己大赦・・・。伝説的清潔さを誇る国・スイスにおいてでさえ、警察・法務省のある大臣が、麻薬売買金の洗濯に関与していたことが発覚した。腐敗は常にブルジョワ社会の一部をなしてきたものであるが、それは現在これほどまでのレベルに達し、余りにも一般化されている。まさしくそれが、現社会の衰退がその腐敗における新段階へと突入したという事実を証明している。

実際に、完全に調子を狂わされ、不条理と汚辱と絶望の中へ没入しているように見えるのは、社会生活の全てである。あらゆる大陸におけるあらゆる人間社会が、ますます増大する方法でもって、残酷を全身でしみ出させている。第三世界においては飢饉が増大し、それはまもなく「社会主義」を主張する国々にまでも達することになるであろう。一方、西ヨーロッパや北アメリカにおいては、農産物の蓄えが破壊されつつある。何故なら、農民は少ない土地を耕すよう支払われ、彼らは、課された規定の割当額以上に生産することで罰金を取られるからである。ラテン・アメリカにおいては、既にずい分前から追い払われた惨禍であったというのに、コレラのような感染病が何千人もの人々を死に至らしめている。世界の至る所において、社会は堤防や住居を構築することで大殺戮を避けることが完全に可能であるにも関らず、何十万もの人間がたった数時間で、洪水や地震によって殺され続けている。そして1986年のチェルノブイリにおける原子力発電所の爆発が何百人(でなければ何千人)もの人間を殺し、複数の地方を汚染する時、又、最先進諸国の大都市のまさに中心部における殺戮的な大惨事:パリの駅における60人の死亡者、ロンドンの地下鉄における火災による100人の死亡者を出した大惨事を、最近の出来事として目撃する時、我々は、それらを「宿命」や「自然界のいたずら」などを口実としてさえも持ち出すことなどはできない。同様に、現行する制度が明らかにしているのは、この制度が環境の悪化に対して立ち向かい、対処することが不可能であるという事実である。酸性雨やあらゆる種類の汚染、そしてとりわけ核汚染、温室効果、砂漠化等が、人類自身の生残りを危機に晒しているのにも関らず。 

同時に我々は、社会生活の取り返しのつかない堕落をも目撃している:至る所で増大し続ける犯罪及び都市暴力に加え、現社会全体を襲う絶望と孤独、細分化の証人である新世代人達の間においてとりわけ、麻薬が一層恐ろしい荒廃をもたらしている。

袋小路に陥った資本主義は人類の破壊にしか行き着かない

社会が腐敗のこれほどまでのレベルに達し、そのふところにおける絶望と「未来無し(ノー・フューチャー)」とがこれほどまでに支配的感情となったのは、以前よりはるかに高いレベルに達した資本主義が、人間に何の展望をももたらすことができないためである。20年以上前よりこの制度は、その経済の厳しく乗り越え難い恐慌に襲われてきた。1930年代、経済恐慌は世界大戦へと行き着いた。それはその恐慌の「解決」ではなかったが、自らの歴史上最もひどい敗北を蒙ったばかりであった労働者階級が、ブルジョワジーの計画を妨げる力を持っていなかったという限りにおいて、ブルジョワジーは帝国主義的殺戮を目指した社会生活の全体、政治力及び経済力とを調整することができたのである。しかし今日において、これほどまでの可能性はもはや資本主義には許されてはいない。1960年代後半の恐慌は、それが表明し始めた途端、直ちに世界中の労働者の大々的な反撃を呼び起こした:フランスにおける1968年5月の9百万人の労働者によるストライキ、イタリアにおける1969年の「熱い秋」、同年アルゼンチンのコルドバにおける労働者の蜂起、1970年から1971年にかける冬中続いたバルト海におけるポーランド人労働者の大ストライキ、その他更に大規模の様々な闘争が、多くの国々で繰り広げられた。それは、労働者階級が反革命を乗り越えたことの証明であり、闘いとブルジョワジーが彼らに要求する窮乏を受け入れることの拒否とによって、新たな世界大戦への途を塞ぐことが、それ以降可能であることの証明であった。国家経済の為に犠牲を捧げることを拒否する労働者が、ましてや最上の犠牲である自らの生命を捧げる覚悟などは尚更無いという限りにおいて。 

しかしながら、プロレタリアが一般化された新たな殺戮の爆発を妨げる力を有していた一方、彼らはまだ自らの展望を主張する力を有してはいなかった:つまり、資本主義の転覆と共産主義社会の建設という展望である。同時にプロレタリアは、資本主義的退廃が社会全体上に対する一層の効果を発揮することを妨げることはできなかったのである。

世界情勢のこの一時的抑制状態においても、歴史はその歩みを止めたりはしなかった。例え支配者階級が経済危機を克服することが不可能なことを日々ますます証明しても、社会は、その経済恐慌への没入により激化された衰退のあらゆる特徴の蓄積を、20年間もに渡り耐え忍び続けてきた。支配者階級が社会全体に提案できる唯一の計画とは、資本主義生産方法の取り返しのつかない崩壊に対し、成功の望み無しに、その日その日、その場その場で抵抗することのみである。

全力をかけうる何らの歴史的計画もなく、世界大戦のような最も自滅的な計画さえも持つことができず、資本主義社会は、その立ち腐れ、社会の更に進んだ分解及び一般化された絶望の中へと落ち込むことしかできなかった。 

そして現在の世界が、人類の全体に、最終的には人類の死を伴う、増大する残酷以外のいかなる展望をももたらさないことを日々ますます示している間、この絶望は増大するのみである。なにしろ幻想を抱くことは許されないのであるから!

もし我々が資本主義に現在の場所を譲ったままにしておけば、世界大戦を無しにしても、最後には人類が決定的に破壊されることになるであろう:地域的戦争、感染病、環境破壊、飢饉、その他「自然」災害と人々が言い張る数々の大災害等の蓄積による決定的な破壊が、最後には待ち受けているのである。 

プロレタリアよ、前世紀の革命家達の予測が、これほどまでに今日的であったことはかつてなかった。「社会主義か、もしくは残酷か」とかつて彼らは言った。プロレタリアの世界的革命の不在の為、今や残酷は一般化され、人類の生残り自体を脅かしている。かつてなかった以上に、唯一の希望、人類にとっての唯一の可能な未来は、資本主義制度の転覆と、社会の息を詰まらせる様々な矛盾から解放された新社会関係の設立とに存している。

共産主義革命:人類にとって唯一の希望

資本主義は、現代の激動の究極的理由である取り返しのつかない経済恐慌の中へと没入し、自らの生産の為のはけ口を見つけられず、工場を閉鎖し、田畑を不毛にし、労働者を解雇することで、ますます大勢の人間を窮乏と飢饉とへ陥れさせている。その理由は、資本主義が、必需品の充足の為にではなく、利潤追求を目標とした市場販売の為に生産しているからである。この市場が今日飽和しているのは、社会の必需品が充足したからではなく、社会が生産された商品を購入する手段である資力を持っていないからであり、資本主義にとって、社会にそのような手段を供給することは、自らを否定しない限りは不可能だからである:資本主義が自らの生産を達成する為に、自らの購入者に金銭を支払たっとすれば、それは自らの生産を与えることになり、それはもはや資本主義ではない。そして、何年も前から乱用されているクレジットは、この状況を変えることなどできない:それは一般化された負債を生じさせることによって諸々の矛盾を延期させるのみであり、その矛盾は更に爆発的な形をとらせることとなる。今日、ブルジョワジーのイデオロギー上のキャンペーンは、世界経済が衝突するあらゆる問題を解決するとされている市場を褒めちぎっている。それは陰鬱な欺瞞である!資本主義が、商品生産、つまり使用価値にではなく交換価値に基づいているというまさにその為に、資本主義経済は取り返しのつかない形で深みにはまっているのである。スターリン主義経済があれほどの失敗を被ったのは、資本主義と市場とを廃止したからではなく、それらから一度も抜け出さなかったにも関らず、彼らの法則でもって大規模で騙すことを試みたからである。社会にとって、資本主義の危機を乗り越える唯一の方法は、「より大規模の資本主義」を実行することでも「より小規模の資本主義」を実行することでもなければ、この制度の改革を行なうことでもない。それは、それを支配する法則を打倒すること、即ち資本主義そのものを廃止させることである。

唯一プロレタリアのみが、資本主義に終止符を打つことができる

そして、これほどの大変動を実現することができるのは、唯一労働者階級しかいない。社会において、資本主義の基盤を、中でも第一にこの制度の危機の中心にある商品生産を、根本的に攻撃することに実際的利益を持っているのは、労働者階級のみである。何故なら、資本主義生産における商品の支配である市場が、まさに彼らの搾取の根源だからである。農業主や職人等その他の部門の生産者とは逆に、労働者階級に固有な性質とは、生産手段を有せず、それら生産手段の保有者に、生きる為に自らの労働力を売ることを余儀なくされていることにある:その保有者とは即ち、私的資本家、或いは国家である。それは、資本主義制度において、労働力自体が一つの商品となり、それのみかあらゆる商品の中でも最も重要な本質的商品になったからであり、まさにその為にプロレタリアが搾取されているのである。資本主義的搾取に対するプロレタリアの闘いが、賃金労働の廃止と、それに従いあらゆる形態の商品の廃止とを必然的にもたらすのはこの為である。その上、この階級は今日社会の富の大部分を生み出す。それは集合的枠組の中で、資本主義自身によって発達させられた共同的労働のお陰で成される。しかし資本主義制度は、個人的小生産を害してとりかかった、生産の共同化を最後まで遂行し遂げることはできなかった。 

資本主義の本質的な矛盾の一つはここにある:その支配下において生産は世界的特徴を獲得したが、その生産手段は多数多様の所有者の手に分散されたままであった。つまり、生産された商品を売買する私的資本家や国家の手中にである。よって、市場の廃止は、これらあらゆる資本家の収用と、生産手段全体の社会による集合的掌握とを通して行なわれる。そしてこの任務は、集合的方法で生産手段を実際に原動させている張本人でありながら、そのいかなる生産手段も所有しない階級のみによって、実現することが可能なのである。

そのような理念は新しいものではない:1世紀半以上も前より、この理念は搾取に対する労働者の闘いの旗標であった。「労働者の解放は労働者自身の仕事でなければいけない」:これは、1864年に創設された第一インターナショナルこと国際労働者協会の綱領の中心的スローガンであった。それ以来、この言葉は他のインターナショナルによって同じ力でもって繰り返されてきた:1889年に創設された社会主義インターナショナル、革命波の只中、1919年に生まれ、1928年にスターリンによって死をもたらされた共産主義インターナショナル等によってである。現在、ブルジョワジーのキャンペーンはそれが単なるユートピアに過ぎなかったと信じさせようとしている。彼らによると、そのユートピアは、スターリニズムの脅威をもたらすということになっている、危険なユートピアである。しかし、我々がブルジョワジーとそのメディアから期待できるのは欺瞞のみである。実際には、労働者運動によってその当初より主張されてきた諸処の事柄は、完全に有効であり続けている。資本主義は、自らを変形させながらも、その指図のままに動いたある社会学者達が主張したようには、労働者階級を消滅させたりはしなかった。この制度は、その本質そのものである、賃金労働者の搾取によって生き続けている。そして、工場や会社、役所、学校、病院等で働く賃金生産者階級は、人類の未来の唯一の担い手であり続けている。 

プロレタリアによる共産主義革命がその全くの現代性を保持していることは、ブルジョワジーが荒れ狂わせている「共産主義の終焉」や「マルクス主義の死」、即ちプロレタリアの革命理論をテーマにしたキャンペーンの規模が証明している。もしブルジョワ階級がこれら被搾取者に対していかなる脅威をももはや抱いていないとすれば、又、もし彼らが、労働者階級が歴史の場面において一つの役割を演じることはもはや可能ではないと本当に思っているのであれば、彼らがプロレタリアに、革命からは何も期待できないと説得することにこれほどまでに骨を折ることはなく、又、プロレタリアにこれほどまでに自己の非力さを感じさせるようあらゆる方法を尽くして試みることはなかったであろう。

今日の困難はプロレタリアを打倒してはいない

今日の困難はプロレタリアを打倒してはいない;

プロレタリアは資本主義転覆の為のあらゆる力を保持している

旧「社会主義」ブロックの崩壊やUSSR自身におけるスターリン体制の崩壊、及び75年前にプロレタリア革命を経験したUSSR自身の分裂等といった、ここ2年間における数々の事件の周囲に組織された巨大なキャンペーンが、労働者階級を衰弱させたことは真実である。スターリニズムは、ブルジョワジーの反革命の尖鋭部隊であった:その死と共にスターリニズムは、労働者階級が資本主義の全体的分解により労働者階級のふところにおいて引き起こされた数々の困難に既に直面していた時に、更に自らの死臭を彼らに嗅がせることによって、ブルジョワジーの最後の役に立った。今日、多くの労働者はこれらのブルジョワジーのキャンペーンの犠牲者であり、いつの日か世界を変える可能性を有し、資本主義的搾取を廃止するという全ての希望を捨ててしまった。旧東側ブロックの、プロレタリアが反革命の最も過激な形態を耐え忍んできた国々において、プロレタリアはブルジョワジーの幻想の爆発に対し、その最も古風な幻想に対してさえ、反対する力を持っていない。:スターリニズムが自らの帝国主義的政策を覆い隠しすのに用いた「プロレタリアのインターナショナリズム」とわざと正反対のことをする為、彼らはナショナリズムのヒステリーによって飲み込まれてしまった:スターリン主義者達によって説き勧められた無神論に対する反動から、彼らは教会の腕の中へと突進した。しかしながら、世界プロレタリアの最も決定的な部門があるのはそこではない。これらの部門が存在するのは、欧米における資本主義の最先進諸国である。最も集中的、そして世界のプロレタリアの中でも最も経験をつんだ諸大隊が生き、働き、闘っているのは、世界のこの部分、特に西ヨーロッパにおいてである。そして、プロレタリアのこの部門は未だ敗北させられてはいない。彼らが現代の虚偽によって方向を見失わされているとしても、彼らは、ブルジョワジーやナショナリスト、又は民主主義者の旗の下に入らされたわけではない。特に、湾岸戦争時、先進国のブルジョワジーは職業軍人のみを使用した:それは、徴集兵(が存在する所において)、即ち軍服を着た労働者が、「人権と民主主義の擁護」の為に身を捧げる準備などできていないことを、ブルジョワジーが自覚していたことの証しである。そしてこの戦争は、民主主義とその「世界新秩序」に関する欺瞞が何を意味しているのかを、労働者階級の眼に更にはっきりと暴露する役目をを引き受けていたのである。

現在、民主主義の荘厳なミサの祝賀である選挙は、プロレタリアによってますます見捨てられたものとなっている。労働組合、即ち被搾取者の闘争を妨害する為に彼らを指導する役割を担ったブルジョワ国家の道具についても同様である。また、経済恐慌の免れ得ない悪化が、資本主義経済の「優位」についての幻想を更に一掃することを引き受けることになり、と同時に、それは労働者階級に一層拡大し団結した闘いの途を再び取り戻すことを余儀なくさせるであろう。それは、1960年代後半より始まり、1980年代中頃において特に発展の一途であった途であり、しかしながらこの過去二年間における諸々の事件によって労働者階級が一時的に去らせられた途である。ブルジョワジーが安堵の溜息と共に急いで埋葬したマルキシズムは、今後、それが破綻したのではなく、全くその逆であることを証明する:唯一マルキシズムのみが予測・説明し得た恐慌の現在の悪化は、この理論がどれほど生きたものであるかを示している。そしてその生命力は、労働者闘争の再生起を強め、元気付けるのみである。

自らの闘争と意識とを発達させる為の労働者階級の努力において、その最も進んだ分子である真の共産主義者の役割は、最重要かつ決定的なものである。昨日においてと同様、今日、「プロレタリアとブルジョワジー間の闘争の様々な段階」、における共産主義者の任務は、「国籍に左右されない全プロレタリアの共通利益の主張及び行使」であり、「常にその運動全体における利益」(「共産党宣言」より)を代表することにある。

現在の歴史的状況の深刻さと、それに賭けられたものに対し、又、ブルジョワジーの欺瞞の爆発に対抗し、プロレタリア闘争の発達及びプロレタリアの意識の成熟に貢献することを目指して、自らの古い分裂やあらゆる党派精神を乗り越え、彼らの間で分析を明確化させ、プロレタリアにおける共産主義的立場の擁護に向けますます団結した方法で参加することを可能にする同胞愛に満ちた討論を開く役目が、現存する革命家の微力にかかっているのは、この為である。

プロレタリアが自らの闘争を展開する為に団結を必要とするのは、まさにこの同じ連帯精神こそが、明晰さの中においてのみ実現され得、前衛の力、つまり共産主義者を動かし導かなければならない為である。

プロレタリアよ、

歴史上今日ほど賭けられたものが悲劇的かつ決定的であったことはなかった。プロレタリアに負わされた責任に比較しうるような責任に、一つの社会階層が直面しなければならなかったことはかつてなかった。もしプロレタリアがこの責任を全うすることができなければ、文明、そして人類までもが終焉に至ることになるであろう。そして何千年もの進歩、労働と思想とが永久に全滅させられることになるであろう。二世紀にわたるプロレタリア闘争と、何百万もの労働者の殉難は全くの無駄となるであろう。ブルジョワジーによるあらゆる犯罪的計略を撃退する為、彼らの卑劣な欺瞞をかわし、世界的共産主義革命を目指す諸君の闘争を発展させる為、必然の君臨を廃止させ、遂に自由の君臨へと到達する為、

万国のプロレタリアよ、団結せよ!

1991年7-9月